1985年(昭和60年)。時代はバブル経済へと向かう胎動期にあり、社会現象や新しい文化の芽生えが数多く見られました。そんな時代を鮮やかに彩ったのが、人々の間で広く使われた流行語です。言葉は時代を映す鏡。当時の世相や人々の関心事を生き生きと伝えてくれます。この記事では、1985年に特に話題となった流行語を10個選び、その背景や意味、当時の社会に与えた影響などを解説します。時代を彩った言葉たちを通して、1985年という時代を振り返ってみましょう。
イッキ!イッキ!
この年、最も世間を騒がせたと言っても過言ではないのが「イッキ!イッキ!」でしょう。これは、大学生のコンパなどで見られた、飲酒を強要する際に使われた掛け声です。一気飲みを煽る行為は、当時社会問題化しており、この言葉が流行語大賞の流行語部門で金賞を受賞したことは、その深刻さを物語っていると言えるでしょう。この言葉は、若者文化の一面を象徴する一方で、その危険性も広く認識されるきっかけとなりました。
分衆
博報堂生活総合研究所の近藤道生氏によって提唱された「分衆」は、新語部門で金賞を受賞しました。これは、従来の「大衆」という概念とは異なり、個々の価値観やライフスタイルを持つ人々の集まりを指す言葉です。画一的な価値観から多様な価値観へと移行していく社会の変化を捉えた言葉として注目を集めました。人々が個性を尊重し始めた時代の流れを象徴していると言えるでしょう。
トラキチ
阪神タイガースの熱狂的なファンを指す「トラキチ」も、この年の流行語となりました。1985年は、阪神タイガースが21年ぶりにセ・リーグ優勝、そして日本シリーズ制覇を成し遂げた年であり、その熱狂ぶりは社会現象となりました。街には阪神ファンがあふれ、その熱狂ぶりを表す言葉として「トラキチ」が広く使われるようになったのです。この言葉は、スポーツが社会に与える影響力の大きさを改めて認識させる出来事だったと言えるでしょう。
角抜き
「角抜き」は、当時の政界の状況を表した言葉です。田中角栄元首相の影響力が低下していく状況を表しており、政治に関心の高い人々の間で広く使われました。この言葉は、政界の権力構造の変化を象徴的に表しており、当時の政治状況を理解する上で重要なキーワードの一つと言えるでしょう。
私はコレで会社をやめました
禁煙パイポのCMから生まれたこのフレーズは、多くのサラリーマンの共感を呼びました。「私はコレでタバコをやめました」というCMのパロディとして、「私はコレで会社をやめました」という言葉が広まり、当時の社会におけるサラリーマンの心情を反映していると言えるでしょう。
100ドルショッピング
中曽根康弘首相が提唱した「100ドルショッピング」は、円高を利用して海外で買い物をするというライフスタイルを奨励するものでした。この言葉は、当時の円高と海外旅行ブームを背景に生まれ、多くの人々の関心を集めました。グローバル化が進む現代社会の先駆けとも言える現象でしょう。
キャバクラ
現在では広く知られるようになった「キャバクラ」も、この年に流行語となりました。キャバレーとクラブを合わせたような業態の店を指す言葉で、夜の社交場として注目を集めました。夜の文化の一端を表す言葉として、当時の世相を反映していると言えるでしょう。
パフォーマンス
社会党の石橋政嗣委員長が多用したことで広まった「パフォーマンス」は、政治家の行動や言動を批判的に表現する際に使われました。この言葉は、政治に対する国民の意識の変化を示すものであり、現代の政治報道でも頻繁に使われる言葉となっています。
NTT
日本電信電話公社が民営化され、NTTとなったこともこの年の大きな出来事でした。この略称である「NTT」は、新しい時代の到来を象徴する言葉として広く使われました。通信事業の民営化は、社会インフラの変化を象徴する出来事であり、その略称が流行語となったことは、社会の関心の高さを物語っていると言えるでしょう。
ネバカ
エッセイストの諸井薫氏が提唱した「ネバカ」は、「ネバー・エンディング・バカンス」の略で、長期休暇を楽しむライフスタイルを指す言葉です。この言葉は、バブル経済を前に、人々の生活意識が変化しつつあったことを示しています。余暇を楽しむという価値観が広まりつつあった時代の空気を感じ取ることができます。
まとめ
1985年の流行語を振り返ると、当時の社会の様々な側面が見えてきます。若者文化、政治、経済、ライフスタイルなど、多岐にわたる分野の言葉が流行し、それぞれの言葉が時代の空気を伝えています。「イッキ!イッキ!」に代表されるような、現在では問題視されるような言葉も含まれていますが、それも含めて当時の社会を映し出す貴重な記録と言えるでしょう。言葉は時代を映す鏡。過去の流行語を振り返ることは、過去の社会、そして現在を理解する上で、非常に有益な行為なのです。これらの言葉を通して、1985年という時代を、より深く理解できたのではないでしょうか。